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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
『駕籠屋っ、駕籠屋っ』
波の様に揺れる駕籠の中で、藤左衛門が先刻から呼んでいたが、多勢の掛声に消されて、駕籠屋の耳へ入らないのである。
誰も彼も、気が立っていたので、
『聞えないかっ』
藤左衛門は、駕籠の中で、足踏みをした。
『おうっ、お小用ですか』
『止めんでもよい。駈けろ』
『駈けています』
『今、ちらと、町家の者の声を聞けば――今度は浅野の家来だと云ったが――今度はと云えば、吾々の先にも、早打が通ったのか』
『そんなこと云ったかなあ』
『何藩の早駕だ』
『おおかた、御本藩じゃござんせんか』
『いや、芸州様でも、左様に早手廻しはないはずだ。合点がゆかぬ事ではある』
『それじゃ、他の御藩かな』
『他家の急使よりも、遅着したとあっては、国許へ対し、面目がない。もっと急げっ』
『無理だア、旦那』
『無理は承知じゃ、乗り手の身を、気づかいせずと走れ』
『江戸の伝馬問屋を立ったのが、かれこれ、昼の八刻頃(二時)ですぜ』
『そうだ』
『冗談じゃねえ、小田原まで二十里二十一町を、半日半夜で来ているのに、まだ遅いと云われちゃ、馬に生れ代って来なけれや追いつかねえ』
『どこの藩か知らぬが、吾々より一歩でも迅いものがある以上、此方は、遅れて居るわけだ。