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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

昼間からの事々が、走馬燈のように頭の芯を翔けめぐる。それから幾刻も経たないうちに、こうして箱根山の深夜にあって、都会とは比べものにならない春の寒風が身に沁みている自分達が、何うしても夢の中にあるような気がしてならない。

『それっ、駕籠をやれ』

粥が胸を落ちないうちに、もう体は激しく揺れだした。割石坂、女転坂と、道はいよいよ嶮しくなったが、畑宿から頂上の箱根宿までは、もう一里八丁、

『ひと辛抱だ』

人足達は、励まし合った。

藤左衛門は幾度となく、駕籠の後や天井へ頭を打つけた。白鉢巻はしているものの元結が刎ねて、髪はざんばらに解けかけている。

権現坂の最後の嶮を登りつめて、箱根宿の屋根越しに、湖水の光を見ると、

『出た、出た』

『お頂上だ』

歓呼して、関所前までの、平地を躍った。

日没から日の出まで、関所は掟通りの門限だった。まだ、仄暗いので、無論、そこの柵は閉まっていた。

打つかるような勢いで来た人足達は、門の際まで来ると、わっと云って、一斉に肩を抜いた。

『旦那方、まだ、往来が開く迄にゃ、少し間がありますぜ。今のうちに少し土を踏んでおきなすっちゃあ何うだね』