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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

それならば気にかける程の事はなかったと、二人は口を閉じて空を見ていた。待つ夜明けはなかなか白んで来なかった。眠ろうとしても眠れるものではないが、柵を叩いて関守を起してみたところで、無駄は分っている。

二人は、足馴らしに、そこらを少し歩いてみた。その戻りに、そっと、疑問の駕籠のわきを、さりげなく通って見ると、中から微かに鼾声が洩れてくる……。快げに、誰か、眠っているのだ。

すると、鼾声がやんだ。中の男は、身ゆるぎして、同時に、

『駕籠屋っ、肩を入れろ』

と、もういいつけた。

刎ね起きた駕籠屋は、途端に又、息杖を立てた。柵の内で、関所役人の跫音がして来る。気がつくと、湖水のほとりは、いつのまにか白々と朝凪をたてている。

『あっ、開くぞ』

藤左衛門と三平は、颯と駕籠へ入った。

何という敏感で又敏速さだろう。鼾声をかいて眠っていた駕籠は、柵が開くと共にもう先に、駈けこんでいた。そして役宅の方へ向って駕籠のまま、

『お聞き及びでもござろうが、昨日巳の下刻、江戸城内に於て、浅野内匠頭事、主人吉良上野介へ刃傷に及ばれ、そのため、主人の知行所、三州幡豆郷まで、急命を帯びて出向く者でござる。