轻松读懂日语经典作品
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しんらん
親鸞
吉川 英治
「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页
どのくらいな心力と体力のあるものか、範宴は、不死身のように死ななかった。骨と皮ばかりになって、しかも、麓への道さえ塞された雪の日に、
「範宴じゃ、今帰った――」と、一乗院の玄関へふいに立った彼のすがたを迎えて、覚明も性善坊も、
「あっ……」と驚いたほどであった。
休養というような日はそれからも範宴には一日もなかった。おそろしい金剛心である、彼はその冬を華厳経の研究のなかに没頭して、覚明や性善坊と、炉辺に手をかざして話に耽ることすらない。
そうした範宴の日々の生活をながめて、覚明はある時、しみじみと、
「命がけということは、武士の仕事ばかりと思うていたが、どうして、一人の凡人が、一人の僧といわれるまでには、戦い以上な血みどろなものじゃ」と、心から頭を下げていうのであった。
翌年の五月の下旬であった。難波から京都の附近一帯にわたって、めずらしい大風がふいて、ちょうど、五月雨あげくなので、河水は都へあふれ、難波あたりは高潮が陸へあがって、無数の民戸が海へさらわれてしまった。
そういう後には必ず旱がつづくもので、疫病が流行りだすと、たちまち、部落も駅路も、病人のうめきにみちてしまった。