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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

――なんでも、氏素性はよい人だそうですがね。……それにしても」

「綽空?」小首を傾げて――

「幾歳ぐらいな男だろう?」

「三十一、二でございましょう。なんでも、そんな話で」

「それでは以前、青蓮院の慈円僧正につかえ、後に、叡山へ入った範宴少納言ではあるまいか」

「そうそう、前には、範宴といったそうです」

「うむ!」鼻腔でこう太く呻くと、

「そうか。やはり、そうだったのか!」

怖ろしい形相を作って、山伏は、無言になった。一匹の黒くて逞しい熊野犬を後ろにつれ、杖をこつこつついて、人混みから離れて行った。

二

わん――

足の迅い飼主に追いついて、大きな熊野犬は、尾を振って絡みつく。

「黒」と山伏は、呼んで、

「馬鹿な奴だ、おれのような宿なしに従いてきてどうする、帰れ」といい聞かせている。

しかし、杖で追われても、黒は帰ろうとしなかった。山伏はてこずりながら、

「帰れといっても、貴様も帰る故郷がないのか。この弁円と同じように――」

わん――

黒は、山伏の袂を噛む。山伏は旅の道から尾いてきたこの三界無縁の犬を、さすがに、酷くも捨てかねて、

「その代り、黒、俺と一緒に、野たれ死をしても、俺を恨むな。