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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

愛くるしい――何かにつけて、表情に富んでいて、深い笑くぼが、絶えず明るい顔にただよっている――どっちかといえば、時世的な容貌を鈴虫のほうは持っていた。

「あら」と、その鈴虫が、とある門前へ来て、かるくさけんだ。

「松虫さま、どうしたんでしょう、牛車が見えません」

「ま。――ほんとに」

「あの、暢気者の牛飼は、いったい、どこへ行ってしまったんでしょう」

「すこし耳が遠いようですから、私たちが、ここへ来て待つようにといったことばを、聞き違えて、飛んでもない所へ行って、悠々と、昼寝でもして、待っているのじゃないでしょうか」

「そうかもしれない」ちょっと、麗わしい眉をひそめて――

「どうなさいます」

「歩きましょう」

「まだ疲れません?」

「ええ、ちっとも」二人はまた、木蔭の日陰をたどって、歩きだした。

町家の娘ではなかった。といって、武家の息女とも見えない。――どこかに、絶えずこの明るい外気を楽しんだり、往来のさまや、空の青さを、心から珍しがっている様子から見るに、よほど、ふだんは外に出ない境遇にある人だということはわかる。

町の女のように賤しくなくて、そういう生活にある者といえば、さしずめ、このふたりは、御所の裡に仕えている女官にちがいあるまい。