Japanische Klassiker mit Furigana
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しんらん
親鸞
吉川 英治
Lesen Sie 親鸞 (しんらん) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 566.138 Zeichen · 1127 Bildschirme
いた、そして事ごとに、おん身を苦しめることのみ考えていた」
「そうだ……もうあれは四十年のむかしになる、しかし、瞼をふさげばまた、きのうのような心地もする」
「三ツ子のたましいは百までもというが、その後、おれは父を亡い、町にさまよい、叡山を追われ、家はなく、ただ知るのは、世間の人の冷たさのみで……おれの心はひねくれるばかりだった。――そのころすでにおん身は、範宴少納言といわれ、北嶺の麒麟児の聞えたかく、若くして、聖光院の門跡となってゆくのを見、ねじけ者のおれは、いよいよ、陰に陽に、おん身を呪詛しはじめた」
「……ウム」親鸞はうなずいてみせ、
「わしは、なんとも思うてはいない、むしろおん身のために、励まされたことがあろうとも」
「――いや、その蔭は、むしろおれのほうが受けている。それを今、はっきりと気がついた。常におん身を呪詛しつつも常におん身を仮の敵と見、おん身の進んでゆく道を、自分も負けまいという目標にして励んでいた。今思えば、おん身が他力門の真の聖者であったればこそ、ねじけ者、怠け者のこの弁円も、とにかく孜々として鈍才に鞭打ち、聖護院の御内から少しは頭角を出して、播磨公弁円といわれるまでになったのだ。