Japanische Klassiker mit Furigana
ja-reading.com
Lesen Sie japanische Klassiker online mit Furigana. Filtern Sie nach JLPT-Niveau, tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung und übersetzen Sie einen Satz.
しんらん
親鸞
吉川 英治
Lesen Sie 親鸞 (しんらん) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 566.138 Zeichen · 1127 Bildschirme
二
彼らは今が幸福にちがいない。だが、やがて生活を蝕んでくる毒を呷っているに等しい。清浄身の沙門からみれば、むしろ、あわれなのはああした儚い夢の中に生きがいを焦心っている多くの男や女たちではあるまいか。
範宴は、そう考えて、むしろあわれと見て過ぎたが、しかし、なんとはなく自身の中に、自身をさびしがらせるものがあることは否めなかった。ただ、彼の理念と、修行とが、石のようにそれを冷たく抑えていて、うすく笑っておられるに過ぎないのである。
ばたばたと誰か駈けてくる跫音がして、
「お師さま!」と、呼んだ。
さがしあぐねていた性善坊の声なのであった。
二
範宴は性善坊をさがし、性善坊は範宴をさがして、半日を徒労に暮したが、それでもここで会えたことはまだ僥倖のように思えて、
「どうなさったかと思いました」と性善坊は、師の無事を見て、欣ぶのだった。
「そちこそ、木津で行きちがったにしても、余りに晩かったではないか」範宴にいわれて、性善坊は返辞に窮した。途中で、山伏の弁海に会い、執念深く追いかけられて、それを撒くためにさんざん道を迂回した事情を告げればいいことであるが、ああいう呪魔みたいな人間が師の房の影身につきまとっていることを、話したがいいか、話さないほうがいいかといえば、むろん聞いて愉快になるわけのものではなし、知らさずにおける