Japanische Klassiker mit Furigana
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しんらん
親鸞
吉川 英治
Lesen Sie 親鸞 (しんらん) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 566.138 Zeichen · 1127 Bildschirme
憂春
一
(はやく春が来ればいい)とか、
(こう寒くてはやりきれぬ)とか、そんな弱い、今日を空しくして先ばかりを空望するような声は、この小丸山の法室ではまったく聞かれなかった。
一日一日が、法悦の日だった。どうしてここが流人の住む配所だろうかと疑われるくらいに。そうして、今年も、また、幾年目かの春は巡ってきた――
「石念、だいぶ採れたな」
「もうよいでしょう」師の御房は、韮がお好きだ。
「冬ごもりの間は、乾物ばかり召しあがっておいでだから、こんな青々した木の芽や菜をさし上げたら、きっとおよろこびになるだろう」
まだ渓谷には雪があったが、南へ向っている傾斜の崖には、朽葉の下から蕗や若菜がわずかに萌え出ていた。
「ひと休みしよう」籠に摘んだ韮や蕗をそばへ置いて、石念と西仏は、崖の中途に腰をおろした。山すその部落は紫いろに煙っているし、木々の芽はほの紅く天地の力を点じている。
「西仏どの」まばゆげな眼をして、陽を仰いでいた石念がふいにいった。
「春は苦しいものですね」
「どうして」
「どうということなしに、春になると、私は苦しい気がします。若い血が暴れ出して」
「そうか……」西仏は年老っていたが、二十六、七歳の石念のそういったことばには、思い当るところがあった。