Japanische Klassiker mit Furigana
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しんらん
親鸞
吉川 英治
Lesen Sie 親鸞 (しんらん) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 566.138 Zeichen · 1127 Bildschirme
六
と峰阿弥は、癖のように、頭を傾げて――
「なぜ、妻を持つことが、破戒無道でございましょう、戒は人間が決めたもの、仏がお決めなされたものではありません」
「知らぬか! 蓄妻肉は、堕獄の罪にひとしい掟になっていることを」
「では、東大寺の明一和尚はいかがですか、元興寺の慈法和尚は堕落僧でございましょうか。遠く、仏法の明らかな時代に溯ってみますると、奈良朝のころには、明一や、慈法のような碩学で、妻を持たれたお方は、幾人もあったようでございます。続日本紀をお読みになったことはありませんか、あの中の延暦十七年の条に、太政官の法令として――
自今、僧侶ノ子ハ
一切還俗セシメテ
以而、将来ヲ懲ス
――と出ているのを見ても思い半ばに過ぎるものがございましょう。ために、滔々と、軟弱な弊風があったことも否めません。自力聖道門が、絶対力を礎いたのは、そういう時代の反動でございました。けれど、自力といい、他力と申しましても、道は一すじです、同じ高嶺の月であります、ただ、世道人心のあるところをよくよく見究めてやらなければ、億衆の手をとって、親切に、安住へ導いてやることはできません。ただ闇雲に、外面如菩薩の、肉外道の、自力絶対のと、社会が変っても、人心や生活の様式が推移っても、後生大事に旧学に齧りついているのは、俗にいう、馬鹿の一つ覚えと申す