Japanische Klassiker mit Furigana
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しんらん
親鸞
吉川 英治
Lesen Sie 親鸞 (しんらん) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 566.138 Zeichen · 1127 Bildschirme
「どうぞ」何か、抑えられているようで拒まれない。峰阿弥は自分も腰をおろして、
「ありがちなことでございますな、私なども……」といった。そして、しばらく回顧的な面持ちを傾げていたが、
「実は、わしも、元からの琵琶法師ではありません、これでも以前はしかるべき寺院におり、仏典にも一心を没し、南都の碩学にもつき、自身苦行もいたして、禅那の床に、求法の涙をながしたものでござりましたが、ちょうど、御房ぐらいな年ごろでござった。ふと、半生の苦行を女一人に代えてしもうてな、女犯の罪に科せられ、鞭の生傷を負って寺を追われましたのじゃ。それ幸いと、加古川の辺りで、その女と、女の死ぬ年まで暮しましたがの、さて、過ぎ越し方をつらつらと憶うに、女ある道、女なき道、どう違いがあろうか、有るとしているのは仏者のみではございませんか。――それ、一路を難行道といい、一路を易行道という。おかしい」峰阿弥は独りでわらう。そして話も独り言のように、
「わしが眼をつぶれたのを見て、世間は罰だというが、わしの身にとってみれば、黒い浄土じゃ、安心の闇ともいえよう。眼が明いているうちは、なし難い道を踏もうとし、踏み辷っては悶えたが、今では、すべてが一色の盲目、坦々として易行道をこうして歩いていますのじゃ……ははは」