Japanische Klassiker mit Furigana
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しんらん
親鸞
吉川 英治
Lesen Sie 親鸞 (しんらん) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 566.138 Zeichen · 1127 Bildschirme
(――何といっても、まだ子どもだ)慈円も、欄まで出て、うしろ姿を見送っていた。
だが、どうしてか、慈円には、その子どもである範宴が、巨きな姿に見えてならなかった。一代の碩学だの、大徳だのという人に会っても、そう仰ぎ見るような感じは滅多にうけない自分なのに――と、時には冷静に自己の批判を客観してみても、やはり、どこか範宴には凡の人間の子とは、違うところがある。
(どこか?)と人に訊かれたらこれも困る。
どこも違いはない。十歳の少年は、やはり十歳の少年である。
弘法大師や、古き聖の伝などには、よく、誕生の奇瑞があったり、また幼少のうちからあたかも如来の再来のような超人間的な奇蹟が必ずあって、雲を下し、龍を呼ぶようなことが、その御伝記を弥尊く飾ってはいるが、これは慈円僧正も、必ずしも、すべてが然りとは信じていないのである。むしろそれは、民衆が捧げた花環や背光であって、釈迦も人間、弘法も人間と考えてさしつかえないものと思っている。
近くは、黒谷の法然上人のごときも、民衆の崇拝がたかまるにつれ、
(聖のお眸は二つあって、琥珀色をしていらっしゃる)とか、
(ご誕生の時には、産屋に紫雲たなびいて天楽が聞えたそうな)とか、