Japanische Klassiker mit Furigana
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しんらん
親鸞
吉川 英治
Lesen Sie 親鸞 (しんらん) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 566.138 Zeichen · 1127 Bildschirme
彼もそこへ穿物を解き、子の手をひいて通る町の女房だの、汗くさい労働者だの、およそ知識程度のひくい人々のあいだに伍して、彼もまた、一箇の俗衆となって聴法の床に坐っていた。
こうして、範宴がここへ来る願いは、まだ法然上人に会って、心をうち割ってみるとか、自分の大事についてただしてみるとかいうのではなくて、自分もまず一箇の俗衆となって、これだけの民衆をすがらせている専修念仏門の教義を、学問や小智からでなく、凡下の心になって、素直に知ってみたいと思うのであった。
四条の畔で、安居院の法印からいわれた示唆は、今もまだ耳にあって、天来の声ともかたく信じているのであるが、範宴には、いきなり法然の門へ駈けこんで、唐突に上人に会ってみるより、上人の唱える念仏門が何であるか、それを知ってから改めて訪れるべきだと考えられた。また、従来の自分というものを深く反省てみると、学問に没しすぎてきたため、学的にばかり物を解得しようとし、どんな教義も、自分の学問の小智に得心がゆかなければうけ取ることができない固執をもっていた。理論に偏しすぎて、実は、理論を遊戯していることになったり、真理を目がけて突きすすんでいると思っていたのが、実は、真理の外を駈けているのであったりしてきたように思われていたのであった。