Japanische Klassiker mit Furigana
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しんらん
親鸞
吉川 英治
Lesen Sie 親鸞 (しんらん) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 566.138 Zeichen · 1127 Bildschirme
の力を知っている。目あきに見えないものすらこの漂泊人は見えることを知っていた。
「そうでしょうか。そうお感じになりますか」
「よう分ります。あなたの五韻の音声が数年前とはまるで違っております」
この通りな峰阿弥である。そう説明されてみれば、わずか四つの絃に、森羅万象の悲喜さまざまな感情を奏でて人を動かそうとする芸術家である以上、人間の音声をもって人間の健康や心境を聞きわけるぐらいな耳は当然に持たなければならないはずであるし、わけてこの法師のするどい官能からすればいとやすいことに違いなかろうが、綽空は、そういいあてられると、さらに、その奥の奥までを、透明に、見すかされているような気がして、恬然としておられなかった。
四
炉にくべた松の実は、ほどよい火になって、ほかほかと無言の二人を暖めた。峰阿弥は外の木枯らしに耳を澄まして、
「冬もよいなあ」と、しみじみという。
「行きなやむ霙の夕ぐれは辛いと思いますが、辿りついた家の情けで、こうして人心地のついた時、そして、家の主と共に話しながら炉の温もりに浸る時、やはり生きている欣びを覚えますわい」
「ですが、峰阿弥どの」