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しんらん

親鸞

吉川 英治

「名古屋新聞」1934(昭和9)年9月28日~1935(昭和10)年8月9日、1936(昭和11)年1月19日~8月<br>「台湾日日新報 夕刊」1934(昭和9)年9月30日~1935(昭和10)年8月12日、1936(昭和11)年1月7日~8月4日<br>「京城日報」1934(昭和9)年9月~1935(昭和10)年8月、1936(昭和11)年1月10日~8月<br>「神戸新聞」1936(昭和11)年1月5日~8月6日<br>「福日新聞」「北海タイムス」1935(昭和10)年9月~1936(昭和11)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 566,138 字 · 1127 页

青空文庫

乱国篇

第一の声

一

月の世界に兎がいるとしていた時代には、事実、月の世界に兎が見えていたのであるから、それらの奇蹟伝説も、かつては一価値のものであったにはちがいないが、現代人にはそのままうけ入れられるはずもない。当然、わたくしの小説構成の上ではそうした既成構造がかなり変更され、また敢て無視した箇所もあり、創意も加えられてあることを憚りなくいっておく。そしてただ著者の惧れるのは、旧著の不備と、菲才にして懶惰、まだ十年の約を果していない罪とである。ふかくお詫びするのほかはない。

昭和二三・初冬 吉野村菴にて

著者

乱国篇

第一の声

一

朱雀の辻に、鈴を鳴らして、今朝から、喚いている男があった。

蜂にでもさされたのか、陽にやけた顔が、腐った柘榴みたいに凸凹にゆがんでいる。大きな鼻と、強情らしい唇を持ち、栗のイガみたいに、ぼうぼうと伸びた坊主頭には、白い埃がたかっていた。

年ごろは、そんな風なので、見当がつかない。三十とも見えるし、四十かとも思われる。身は、やぶれ衣に、縄の帯一つ。そして、沓よりは丈夫らしい素裸足で、ぬっと、大地から生えているというかたちである。

りいん! りいん! 振り鳴らす鈴の音も、凡な力ではないのだった。