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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
吉良の氏子
富士川の渡舟にかかると、愈追い越された距きは取り戻せなくなった。なぜならば早駕は何うしても渡船に拠らなければならないが、清水一学は、浅洲を拾って馬を乗り入れ、無礙に対岸へ渡ってしまったからである。
『何やら、忌々しゅう存ずる。此方も早駕を捨てて宿継ぎに、馬を代えて走ろうか』
三平はそう云って、青白く疲労した眉宇に焦燥を湛えたが、藤左衛門は年上だけに、渡船の上にある間も、なるべく休息を摂って措くことの方が賢明であると諭して、
『先は、八十里の道、此方は百六十余里の行程、日数や体のことも考えねば相成らぬ。まあ負けておこう』
と、嗤っていた。
吉良の氏子
十六日もまだ薄暗い未明の頃だった。――江戸を出てから約三十七、八時間後――急使の早駕は不眠不休のまま、三州額田郷藤川の宿場と、岡崎の城下の間にあたる松並木を、えいえいと、駈けつづけていた。
小豆坂を登りつめ、ふかい朝霧の中の岡崎の城を、夜明けの下に見出した時、まだ戸も開いてない茶店前で、
『やろうぜ』
『やろうやろう』
云い合していたように人足達は、駕籠を地に置いて、腕を拱んでしまった。
剃刀の刃の如く気の立っている萱野三平は、垂れを刎ねて人足たちを叱った。