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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
二日目と三日目が長途の早打には最も苦しい時だという。頭脳は何も考えられなくなって、揺れ方がわるいと、嘔吐気がつきあげてくる。三平は時々、気付薬を口に頬ばっていた。前の駕籠の藤左衛門が、
『三平、大丈夫か』
と訊くと、元気に、
『大丈夫です』
と答えてはいたけれど、顔は、二日目の昼頃から蒼白になって、苦しげだった。
陽の舂きかけた富士川の水が、松の木の間から赤銅いろに見えて来た頃、吉原方面から、鞭を上げて来た騎馬の男があった。
『御免』
と云い捨てて先へ駈け抜けた。
後姿を見ると、清水一学なのである。彼の迅い理はそれで知れた。つまり随時に、駕籠になり馬になり、場合によっては、徒歩にもなって、江戸表からおよそ八十四五里の三河国幡豆郷横須賀村の領地を指して、変事と同時に、一気に急いで来たものであろう。
ちょうど、早水、萱野の目的地たる播州赤穂までの道程に比べると半分の里程に過ぎないが、それにしても一学の早打振りは精悍である。騎馬、歩術の修練も積んでおき、平常に身体を鍛錬している侍でなければ、なかなかああは成り難いものであると、早水藤左衛門は追い越された敵に、むしろ敬意に似たものを感じていた。