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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

咽るような潮の香の白く漂っている暁闇を衝いて、えいえいと、呼吸を弾ませながら城下へ入って来るのであった。

『紙屋、あれは早駕ではないか』

『早駕でしょうか』

『はてのう? ……』

するともう、汗と疲れに汚れきったその人数と、あらい掛け声とが、すぐ前まで迫って来た。そして辻の曲り角まで来かかったと思うと、

『水っ! 水をっ!』

と、触れば切れそうな声が、二挺のはや駕籠の裡からひびいた。

どさっと、駕籠尻を道ばたへ置いたとたんに、すべての人々が、そのままそこへ坐ってしまったような大きな呼吸をつき合って、

『ああ、赤穂だっ――』

『着いたぞ』

口々に云いながら、町を眺めたり、ほの明るくなった空を仰いだりした。

五、六名の駕籠人足が、ばらばらと駈けて来て、すぐ上水井戸を占めてしまった。一人が、腰柄杓に冷水を汲んで駕籠のそばへ持ってゆくと、

『うまいっ』

という声がそこで聞えた。

人足たちも、後から後から、釣瓶に顔をつけて、渇きを癒したり、手拭をしぼったりしたが、やがて又すぐに駕籠をあげて、通り町からお城の方へ向って、いっさんに駈けて行った。

樹蔭に身を退いて、黙然と見送っていた良雪は、思わず大きな嘆息をもらして、