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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
『殿がいたら? ……。殿がいたら、かような事の起るはずはないではないか』
杉野、前原、岡島など周囲の者は、だまって、両家老の横顔を見つめていたが、殿の心をもて為るという内蔵助と、ここにいない殿の声がわかる筈はないとなじる大野九郎兵衛との間に、大きな人間的な差を、今はっきりと見せつけられた。
ふだんは至って円満に行っているこの両家老は、実は、まったく懸隔てた性格の持主であったことを知って、人々は、思わず眼を瞠ってしまう。
けれど一般的には、内蔵助の方が常々不評であって、大野に心服しない若侍でも、彼に対して、
(煮えきらない人だ)
と云うし、ひどいのは、昼行燈などとさえ云う者もある位なので、この場合も、九郎兵衛の意見に押されて、
(それでは、御意に)
と、自己の主張を引っこめてしまうかと思っていると、めずらしく、
『いや!』
と、ねばり強く、反撥した。
然し、顔いろ迄は変えてはいない。先刻、九郎兵衛に叱られた微笑を又ちらと見せて、
『後々の儀も、心得ぬではございませぬ。内蔵助に、おまかせねがいたい』
と云い張った。
相手の異議が出ない間に、
『新左衛門、辻々へ、板を立てるのじゃ。