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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

『存じません』

『わしが悪い、問い方があべこべじゃった。――この地方はの、古来からこのように赤蓼が多いので、それが地名となって、赤穂というようになったのじゃ』

『初めて伺いました』

『そんな事は知らんでもいいがの――知らんではならぬ事があるぞ』

『なんですか』

『奉公ということよ』

『父から訓えられて居ります』

『聞いているか、大夫のことじゃ、存分、鍛ち込んであろう、侍は、奉公じゃ、ほかに仕事はない。山鹿先生の士道を読んだか』

『はい』

『あるの、あの書にも。あいだは、昼行燈でも、昼間の月でも、かまやせん。喩えば、この蓼にしても馬さえ喰わぬが、土壌の恩と、陽の恩には、ちゃんと報じておる。千種川で鮎が漁れる頃になれば、鮎の味噌焼にはなくてはならぬつまではないか。ぴりと辛うて、舌を刺しおる。又、腹中の虫をくだし、暑気中りの薬になる、立派な奉公だ。平常は、能もない雑草に見え、蓼喰う虫も好きずきだなどと云われているが』

良雪はその蓼の葉を脣で弄んでいたが、そのうちに甘い味でもするように歯で噛みしめている。

『――赤穂武士は、赤蓼武士じゃ、そうありたいのう。だが元々、藩士の性骨は、この五穀豊饒で風光のもの和らかな瀬戸内の潮風や中国の土だけに出来上ったものじゃない。