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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
立退梱
むしろ、最後の日まで残ったこの顔ぶれを見ると、上級の侍よりは、微禄の組に、真実に生きようとする者が多い。
『何もございませぬが、皆様の御誓いが結ばれた欣びに、粗献を用意して参りました』
次郎左衛門が、それへ冷酒と朱杯を運んできたので、
『おう、よく気がついた』
内蔵助は杯を手に上げて、順にまわした。「欣び」という言葉を耳にしたのは幾日ぶりだろうかと、人々は、この二十日ほどを遠い月日のように振りかえった。
立退梱
『おいッ、大津屋じゃないか』
と誰か呼ぶ。
お城用達の町人大津屋十右衛門は、せかせかと大胯に歩いていた足を止めて、濠端の暗がりから歯を見せて近づいて来る笑い顔を、振り向いた。
『あ、八十衛門様でございますか』
『どこへ参った?』
『浜方まで、ちょっと、急用を生じまして』
『貴様たちは、金儲けに忙しいのじゃろう。町人はよいなあ』
顎に剃刀の痕が青かった。原惣右衛門の弟の岡島八十右衛門は、たった今、城を退がって、兄の惣右衛門や、杉野十平次や、前原伊助などの同役たちと、すぐそこの大手前で別れて来たばかりだった。
『どういたしまして、御領主様の凶変に、なかなか金儲けなどという不埓な考えは出もいたしませぬ』