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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

『どうも相済みません。手前の矢立と帳面包みを置き忘れましたが、そこらに、ございませんでしたでしょうか』

『これか』

『有難うぞんじます』

背負っている包みの中へ、その小風呂敷を包みこんで、喉に結び目を作りながら、出て行こうとすると、ちょうど石井戸から足を洗って戻って来た木村丈八が、筋肉を緊まらせて、

『やっ?』

足を竦めてしまったのである。すると糸屋も、

『あっ?』

と云って、身を翻すなり、不意に門の外へ駈け去った。

『畜生っ』

すさまじい血相で丈八が追いかけて行ったので、一学は何事かと驚いて草履に足を乗せた。彼が垣の外へ立った時には、もう彼方の畷で追い着いた丈八と糸屋とが、道中差を抜き合って、烈しい刃交ぜを見せているのである。

田植の女や男たちが、田から驚きの声をあげている。一学は腕拱みをして眺めていた。

吉良家の近習のうちでも、槍とか太刀とか把って、何家へ投げ出しても侍一人前で通用する人間は、そうたんとはいない。

然し、木村丈八と、小林平八郎の二人だけは、むしろ吉良家には過ぎ者といってよい程、これは江戸の剣客仲間に肩を竝べさせても群を抜いている。

(丈八のことだ――)