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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
と一言の下に退けて、たった今、沢根伊兵衛を帰したばかりの所だった。――伊兵衛の発案ではなく、それが上野介の意中から出たものであることは十分に知りながら――又、情として忍び難いものを凝と抱きながら、はっきりと、断ったのだ。
が……苦しい。兵部も人間である。
主人の憲綱が、子として、殆ど、三十万石にも更え難いほどな焦躁に駆られて、上野介の一身を遠い米沢の地で心配している容子も、こうしている兵部の瞼には、明瞭に描くことができる。
『冷酷といわれてもよい。鬼と思われてもよろしい。むしろ、そう思わるることが、兵部が江戸へ来た使命とせねばならぬ……』
蚊ばしらが、夕闇の軒ばに、湧いてきた。
うしろで、小襖が開く。――
小侍が手をついて、
『御家老様』
『なんじゃ』
『清水一学殿と、木村丈八殿が、おそろいでお越しなされましたが』
『戻って来たか。――通せ』
待ちかねていたらしい。その響きが言葉にあふれた。
『書院がよい』
すぐに立って行く。
彼が席に着くと間もなく、一学と丈八は、通されて前に坐った。邸内の井戸で手足を洗って、埃を落してはいるが、顔にはまだ炎天の火照が、赤くのこっている。