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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
……あ、あんな物識らずの小大名に、高家筆頭が愚にされては、この先とも、高家衆の役儀が勤まるものでない。大名を顎で使うからこそ、年毎の儀式が、何うやら公卿方に落度もなく済んでゆくのだ』
こういう弁解は、近親へも、家臣へも、知己へも、もう何十遍繰返しているか知れない。根は正直で小心な人物とみえ、何かにつけて、直ぐそれが出るし、出れば、上野介は今でも、語気を昂ぶらせて、ただならぬ顔色を作るのだった。
だが、彼自身、近頃のその異状心理に気がつくと、さすがにやや恥じるように、
『ま……そんな事は、今更云っても、何うもならぬ。ただ、お前だけは、わしを信じてくれるだろうと思う。……それで云うのだ』
『はい』
『やはり、子だ。左兵衛、夜になったら、一つ船で、新居へ移ろう。居は気を移すという、気をかえて、暮そうぞよ』
子には、いつもこの通りな父なのである。左兵衛佐は、こぼれかけた涙の眼を反らして、辞儀をして起った。
左兵衛佐がそこを出てからも老夫婦は依然として黙り合っていた。香炉に蚊遣香が一本立ててある。二人の感情のように、ほそい線が、二人を縛る。
『富子』
やがて、上野介からこう云いだした。