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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

そして、前かがみに、暗い町を急ぎ足に戻って行く。

『気の弱い男だ』

安兵衛は、しみじみ、槍とか、剣とか、武道と云うものが、人間を強くする何の足しにもならないことを痛感した。多少なり、その剣道に、自負を持っていただけに、他人事でなく、反省された。いや、これが人間ありのままのすがたなのだと、彼方へ、小刻みにゆく後ろ姿が、ひと事ならぬものに見えた。

然し――

ひえびえと澄みきった夜気を仰ぎながら、独り、家へ向って足を戻してゆく間、安兵衛の胸には、多年の友を失ったような寂しさに代る、もっと強固なものが、道連れになっていた。そして、むしろ、

『彼は彼でいい。自分にとっては、むしろ脆い者が一人退いた。それだけ、後の質は本当なものになる』

と、つぶやいた。

明日は内蔵助が江戸に着く。今にして思えば、その内蔵助が容易に起たない心も、うっすら、安兵衛にも、分りかけて来たような気がするのである。

至難なのは、目的の達成ではない。見透し難い人間の心のうごきだ。

山科普請

紫ずきん

これが、まだうら若い女性の住む局だろうか、華やかな香いとか、紅い色とかいうものは何も無い。又、あらゆる世間の物音というものも全く為ない。