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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
『もう、どうか』
『せめて、そこの辻まで送ろう』
安兵衛は、肩を並べて戸外へ出た。宇宙というものを改めて思わすように星が美しい。
黙然と、草履の音が夜露にそろう。
郡兵衛は、安兵衛の左へ左へと、身を寄せてゆく。まるで、弦を張ったように硬くなっている体だった。体じゅうに眼をつけて、刀を待っているような気構えが戦慄している。
彼が、槍術を以て天下に鳴るくらいな腕の持主でないのならば、安兵衛は、
(そう心配するな。おまえなぞ、斬る気はありはしない)
と云って、早く、気を楽にさせてやりたいと思ったが、彼も、一流の兵法者なのである。達人槍の郡兵衛ともいわれている人間なのだ。そうまで、蔑んではやりたくない。
霜の白い雑草の原と、もう戸を卸している片側町の辻まで来た。安兵衛は、足をとめた。
『じゃあ高田、ここで――』
『済まない』
虫けらのように背を屈めた。その肩を打って、達者で暮し給えと云うと、郡兵衛はその顔を上げ得ないように、
『よそながら、御本望を遂げる日を、祈っておる。御一同にも……』
――よろしく、と云う言葉は出し難かったものと見え、語尾は消して、頭ばかり下げた。