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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
『お許は、母が好きか』
『はい』
『さらば、そちは、母の子になれ』
『お父様も好きです。お父様とお母様と、いつ迄も、一緒に暮していとうございます』
『成らん』
軽く、肩を押すと、吉千代はうしろへ転んだ。お陸は、われを忘れて、
『オオ、泣くな吉千代、お父様は、ちと御機嫌のわるい日じゃ。晩には、いつものお父上に回って笑顔を見せて下さろうぞ』
膝へ寄せて、涙の顔へ、涙の顔を摺りつけていると、
『いや、晩はおろか、永劫に、左様な日はあるまい。長男の主税だけは、父の手許へとめおくが、その他の子たちは皆連れて、即刻豊岡へ引き払うて行け――よいかお陸、屹度、申しつけたぞよ』
『ともあれ、叔父御の小山様、従弟の進藤様などにもお相談い申したうえで。……のう、吉千代』
『その進藤や、小山の叔父には、疾くに話してあること故、改めて其方から申し伝えるには及ばぬ』
『えっ……では、それ程、御用意の上で』
『うむ』
深く――大きく頷いて――内蔵助は、凝と彼女を見ながら云った。
『多年、連れ添うては来たが、身を町人の境涯に落して見れば、家風に合わぬ其方、何日かは去ろうと考えていたのじゃ……』
お陸は、もう涙をこぼさなかった。