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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
声もあげ得ずに、泣いているのだった。
『すぐに、支度せい。衣裳、家財、欲しい物は何なりと運ぶがよい』
『旦那様っ……』
膝へ、すがって、
『それは、余りお酷いではござりませぬか。主税を初め、るり、吉千代、大三郎、多くの子まで、生した夫婦が、些細なことで、何うして今更別れられましょう』
『些細とは何か、家風にあわん女は家の破滅の因、大石家にとっては重大なことだ。左様な心得と知れては、なおさら一刻もここには置けぬ。立てッ。すぐ出て行けっ』
父の大きな声の下に母の泣いている姿を見つけて、裏で剣道の稽古をしていた吉千代は、泥足のまま駈け上って来た。主税も、何事かと、父の態度を憚りながら、後から、そっと上って、書院の隅へ畏まった。
兄が、黙って、俯目になって控えているので、吉千代は父の前へ一人で両手をつかえた。
『お父様、堪忍して下さいませ。お母様のわるいところ、直しますから宥してあげてくださいませ』
『子どもの知った話でない。母はの……』
と、内蔵助は、凝と見て、吉千代の前髪へ手をのせた。
『……母はの……今日かぎり大石家を去った人間じゃ、もう叱言は云わん』
『嫌です……お父様……いつまでもお母様はお家へ置いて下さいまし』