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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

辛い閑人

主税来い。そちも、山科のお大尽のせがれ、茶事ぐらいは心得ておかねばなるまいて』

辛い閑人

天満老松町の露地の角で、不破数右衛門は立ちどまった。編笠のふちに手をかけ、横丁の人通りを見まわして、誰も怪しげな影は尾行ていないと見定めると、ずかずかと、長屋の軒下を通って、四軒目、

『惣右衛門どの、お在宅か』

と、内を覗く。

『おう――』

と返辞がしてから暫く後、

『庭へどうじゃ。数右衛門、そのままずッと奥庭へ――』

と、裏のほうで、原惣右衛門の声が聞える。

家の横にある破れ木戸を押す。そして、軒下から落ちている腐った竹雨樋を跨いで行って、

『ホ。……お庭があるのか』

『貧しても五坪の庭じゃ。まだちと早いが、この夏は、糸瓜の棚に、朝顔の垣でも作ろうかと思うて、きょうは、苗床を拵えておるのじゃ』

『御奇特な』

『まったく、奇特じゃよ。誰が、糸瓜の下に涼み、誰が朝顔の花を見るやら知れねど……人間、何かせずには今日が居られぬでの。徒食は、辛いものよ』

『そうばかりでない人間も世間にはござりますて』

『左様か』

『尤も吾々に親しい知己のうちにも』

『はてな……ウム、大野九郎兵衛などはな』