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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

何か、すばやく抜いたらしい。

『徳西さん』

仲居は、もう窓際へ行っていた。しっ……と誰か外で云った。内蔵助は、そっと、見てしまった。女竹の葉の中に忍んでいた辻咄の徳西の坊主頭を。

何を抜かれようとさしつかえない物しか、内蔵助は身につけていなかった。おかしいものを感じながら、その儘、何も知らぬ顔して、もう一度寝がえりを打った。

白い足は、忍びやかに、部屋の外へ、出て行った。――怖い! と内蔵助はつくづく思う。どうして遊蕩の世界だからといって、気がゆるせたものではない。

吉良、上杉の両家には、金と人手に不足がないのだ。金がものをいう廓などは、最も先方の働きよい場所である。

――そういう中に自分は居るのだ、いわば敵の真ッ只中に。

(あぶない)

白刃の衾に寝ている身だった。

しかし――

こうならなくても、武士の身は、何時でもがそれなのだ。五十年、六十年の生涯が、白刃の上なのだ。又白刃の下なのだ。

無事、無為に、赤穂の片田舎に、暮してしまえば、こういう緊り詰めた生涯の一瞬は、思えばなかった筈である。――何の不幸か幸か、事変以来の一年とわずか三月の間の人生は、人間を味わったことで百年、いや、千年生きたにもまさる味があった。