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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
奉書登城
湯杓子を、茶釜に入れながら、夫人は、思わず聞き恍れていた。良人の顔をそっと見ると、内匠頭も同じ気もちに打たれているらしい。凝と耳をすましていた。
(七ツ違いは鉄の草鞋でさがせ)
という諺もある位なので、良縁として娶われたのに、彼女にはまだ世継の子がなかった。
奉書登城
馬廻り兼使役の、富森助右衛門であった。
大股に、庭の隅を、歩いて行って、
『おいっ!』
と、塀の木戸を開けて、裏の川へ、首を出した。
『船頭の女房、なぜ、そんな所で嬰児を泣かして居るのだ。御邸内の、耳ざわりになるではないか。――御石垣下に、船を繋ぐべからず――と、立札してあるのが見えないかっ、立ち去れッ』
と、叱りつけている。
すると、小姓が走って来て、
『助右衛門どの』
『なんじゃ』
『お召です』
『え――。どちらに』
『御数寄屋にいらせられます』
『や!』
と、助右は、しまったと云うように、自分の頭をたたいた。
『お数寄屋にお在で遊ばしたのか。そうとは知らずに、大声を出してしまった』
お茶席は離れである。しかも、そこから近い。
あたふたと、助右は、駈けて行った。利休風の茶室の庭にひざまずく。
呼んだのは、内匠頭かと思うと、そうではなくて、夫人であったらしい。