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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

『吉良どの、お鎮まりなされい』

『相手方の内匠頭どのは、すでに、梶川与三兵衛が、組みとめましたぞ』

『吉良どの! 上野どの!』

追い縋って、支えているのは、高家衆の品川豊前守や、大友近江守たちであった。

だが上野介は、その人々の顔さえ見境いを失ったらしく、振りもぎっては、

『お医師をっ。――お医師をっ』

とばかり、喚いているのである。

それを、人囲いに取り巻いて、宥めていると、側を通った播州竜野の城主脇坂淡路守が、

『ほう、今の悲鳴は、吉良どのか。甲冑の血まみれは武士の誉とこそ思ったが、素袍の血まみれは珍らしい。――いや古今の椿事』

と、覗いて行った。

鼎の沸くような混乱の渦から、思いがけない笑い声がどっと流れたりした。人々の中にある日頃からの、上野介への感情をそれは証明していた。

御目付役の詰めている溜の間にいた多門伝八郎は、

『お坊主、お坊主っ』

と、その席を立って、

『騒がしいが、何事じゃ』

通りかかった茶坊主の一人をつかまえて早口に訊ねていた。

『ただ今、浅野内匠頭様が、高家筆頭の吉良どのを、刃傷なされました』

『えっ』

同役の久留十左衛門、近藤平八郎、大久保権右衛門等も、伝八郎の後から、眼いろを変えて駈けて行った。