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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

嫡子の左兵衛佐は、いつも神経質な青白い顔をして引き籠っていた。わびしさに、父の上野介が、

『そちも、少しは、世間づきあいもしてみい』

と、茶の催しや、書画骨董の交わりの席に誘って見ても、いつも、頭が痛いとか、気分がすすまぬとか云って、陽陰の部屋を好む左兵衛佐であった。

――ちっと、父の脣から舌打の出るような場合すらある。上野介は、元来が陽気で派手好みの方なのだ。それが、ここ一年余りというものは、たださえ気が滅入るばかりなのに――老妻の富子も里方へ帰ってしまうし、血を分けた嫡男の三郎も、上杉家の養子となり太守となって、今では、わが子という気持もしない。ほかの子は皆女子で、それも他家へ嫁いでしまっているし、省みれば、自分の身のまわりには、位階や財宝は老の身に重すぎるほどあったが、肉親の愛情とか、家庭的なあたたか味というものは、少しも恵まれていなかった。冬荒れの孤雁のように淋しい吉良父子であった。

そういう生活にある主人の境遇を、じっと、常に邸内の長屋から見つめて、

『お気の毒なものだ。――世間の眼から見る上野介様と、ここから見る上野介様とは、まるで違うが、世間は、そう思うまい。