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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

――拝み打ちに、安兵衛武庸の刀は彼の肩さきから胸へ切りさげた。

噴血三尺――

彼の血は赤かった。

『ううむっ……』

喬木の仆れるように、虚空に人生の真をつかみながら、まだ三十幾つかの若い生涯を彼は終った。――母の死と共に、その紙位牌へ、自分の忌日をも並べて書いておいた一学であったから、その死骸は、さだめし雪の中で笑ったまま凍ったろうと思われる。

『…………』

安兵衛も助右衛門も、勘平も源五も、彼の為に大汗をしとどにかいた者が皆、じっと刃を後へやって、その死を暫く見つめていた。

焦燥

鶏が遠くで啼く――

夜明けは近い。

吉田忠左衛門の声らしく、

『総じて隠居は、中庭より奥、表方より裏に住むものぞ。裏をさがせ、裏手をさがせ』

と、何処かで指揮の声をふり絞っている。

『吉良殿のありかを突きとめるこそ大事。さっ、行こう』

安兵衛たちは、一学の死骸を見捨てて、思い思いに、屋内へ引っ返し、

『隠居奴、どこへ隠れたか』

と、血眼になって探し求めた。

すると中廊下の曲がり角で、出会いがしらに、どんと、安兵衛の肩へぶつかった大男がある。

後には、もう一人、二十歳ばかりの若者が、薙刀をかかえて、壁際に寄りながら、臆病な眼をおののかせていた。