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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
と、答えた。
『ありがとう存じまする』
残る一恨に、やや満足らしい眼を落して、内匠頭は、手をついた。
入れ代りに、すぐその後へ、上野介が連れ込まれて来た。眸は、まだ恐怖を消していない。苦痛らしい顔を、土気色に硬ばらせて、
『てまえに於ては、一体何の遺恨やら、毛頭、覚えのない儀でござった。この度の役目上、此方の好意に対して、礼をいわれる覚えこそあれ、刃物三昧をうけるなどとは、夢にも思い及ばぬ事。驚き入った乱行者でござる、お場所がらを相心得て、唯々、彼の乱暴を避けん為に、背後にまで手疵をうけ、面目もござらぬが、不時の災難と申すものは、まことに、避け難いものと相見える』
呻きながら云うのであったが、答弁になると、老獪な饒舌は、立板に水を流すようだった。
双方の訊問は、それで終る。
典医の天野良順と、栗崎道有のふたりが来て、彼の傷所を手当てしていると、屏風越しに、
『上野どの。――とんだ御災難であったが、お上には、何事もよう御存じであらせられる。心配なく、養生あるように』
通りかかりの者らしく、誰か、声をかけて、立ち去った者がある。
後姿を見ると、御側用人の柳沢出羽守吉保だった。