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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

又、いつぞやの晩の源五右衛門の戯れ言も、戯れ言ではなかったかと思い当る。

――もう庭は仄暗い。そこに十郎左はいないのだ。この世の何処にも居ないのである。あの美貌と剛毅の調和した姿の中に、とうとう、誰にも云わずに秘めて行ったこの謎も、やはり十郎左らしいと伝右衛門は思った。

恋の至極は忍ぶ恋

武士の恋は香もほのか

何やらの書で見たこんな言葉が、十郎左の為にあったように、ふっと、伝右衛門の頭をかすめてゆく。恋! それをするにも、武士には武士道の恋があったかと今更思う。

だがそれは、彼の人々が此世に遺して行った大きな仕事の余儀の一つだったと見よう。武士道の路傍に咲いた花である。男性の目ざした恋は、日輪のようなもっと高い所にあった。

二月の宵の星が燦きだした。その夜は、静かな微風に梅花の仄におう闇だった。内蔵助はどこかでほっとしたことであろう。細川家の庭に白い屏風の畳まれる頃、毛利家でも、松平家でも、水野家でも、等しく白い屏風が六つに折られていた。

無事に。――内蔵助にとっては、実に無事に――死を永遠の生として逝った好い日であったと云える。

またそれは、時の悪法にたいする、人間の正しい人間提示でもあった。