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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

中高な鼻ばしらに一曲をしめして、苦み走った唇を太くむすんでいる。足も草履だった。

『婆、飯をな、すこし塩味を辛く握ってくれ』

と茶店の奥へ云う。

問屋の前は、今着いた二挺の肩代で人間が埋っていた。それに、刃傷事件の真相を少しでも知ろうとする往来の者だの、宿場役人だのが、浅野家の者と聞いて、がやがやと取り囲んで来て何かと訊きたがる。――それを冷やかな眼で清水一学は見ているのであった。

がぶと、茶を飲んでは、握飯を食っていた。

『旦那みてえな方は、見たことがない。駕籠じゃあ寝るし、飯は食うし……』

一学を下ろして、駄賃を受け取っていた駕籠屋は、呆れ顔をして、彼の態を見まもっていた。

問屋の軒先では、藤左衛門と三平が、

『粥は要らん、湯もよい、はやくやれ』

と、急きたてていた。

一学を追い越して、早打駕は並木に白い埃を立てて行った。然し藤左衛門は決して、それで心が済んではいなかった。清水一学とか聞いた侍の落着き払った眼ざしに、此方の狼狽ぶりを見透かされた気がしてならない。――それと、上野介のような主人にも、あんな小憎い面だましいの侍がいるのだろうかと、意外にさえ思われた。