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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
畜生保護令は、江戸だけではないので、全国どこの城下にも、お犬様の横行はひどかった。赤穂でも、人間は、お犬様以下に置かれていた。
『――紙屋。もうええ、もうええと云うに』
橋本町の曲り角である。誰なのか、愉快そうに、こう大きな声で言った者があると思うと、蹌踉として、草履ばきの僧形の男が、あぶない足つきで、一人の町人に、背中を支えられながら歩いてきた。
見ると、新浜の良雪和尚なのである。いつも飄々と、人生を一人で楽んでいるかのように見える、禅門の風流人であった。微醺をおびて歩いていると、よく町の子ども等が、彼のうしろから尾いて来て、
正福寺の和尚さんは
酒がつようて、碁がよわい
塩なめて、酒のんで、碁にゃ負ける
と、からかったりするのであるが、城下の大町人でも、藩士のうちでも、彼との交りを好む者が多かった。良雪のどこかに、そうした風格があって、彼と遊んでいると屈託も忘れ、有の儘に人生を楽しむことを教えられる気がするのであった。
ゆうべも、旅籠の紙屋四郎右衛門の家へ行って、その碁で更けて、酒で明けてしまったのである。ひきとめたのは主人なので、その責任感で途中まで送ってきたものとみえる。