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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
壊れ物でも支えるように後から良雪の背中を押しながら、
『まちっと参りましょう。まちっと、真っ直ぐにお歩きなされませ』
『そうは歩けんよ』
『なぜでござります』
『誰やらが云うた――真っすぐにあるけば人に突き当り……と。世間は兎角、程よく、よろけて歩くのがよろしいよ』
『でも、誰も通りはいたしませぬ』
『それ、犬が通る。――いや、お犬様がお通りじゃ』
哄笑しながら、路傍の石井戸へ寄って、
『紙屋、酔い醒めが欲しゅうなったな』
『いろいろなことを仰しゃる。汲むのでございますか』
『一杯汲んでおくりゃれ。この上水井戸は、藩祖長直公が、常陸の笠間からお国替になった折に、領民のため、こうして城下の辻々に掘っておかれた有難い恩水なのじゃ。わしの父、日光屋安左衛門なども、常陸から長直公に従いて、この赤穂へ入部した一人じゃでな、上水の工事にもたずさわり、わけても、塩田の開拓には、君民一致で、寝食を忘れて、働いたものじゃ。――それから藩主も御代もかわり、五穀は豊饒だし、塩は増産されるし、風土はよし、物質にも、天然にも、余りめぐまれているので、おまえ達、町人初め、百姓も、藩士も、貧困を知らずに少し暢んびりしすぎておるよ。