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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

『世の中には、呆痴がいる。人へ音物をよこすに、餌を食わせたり、世話がやけたり、その上に、やがては死ぬと極っている厄介物を贈ってくる奴があろうか、いくら、お上の畜類保護令に媚びるとは申せ』

『それでも、左兵衛様は、よいお慰みと、可愛がっていらっしゃいます』

『では、伜めの部屋の裏へでも持ってゆけ。うるそうてならぬ』

孫兵衛のうしろに、家老の斎藤宮内の姿が見えた。宮内は、次の間へ入って、平伏した。

『殿様』

『なんじゃ』

『この度の御饗応役を拝命した一名、伊達左京介殿のお使者が、御挨拶にと申して、参りましたが』

『来たか』

予期していたもののように、上野介は、眼鏡をはずして、

『孫兵衛、軸を巻いておけ』

『はっ』

『宮内、使者は、通したか』

『御書院に』

『そうか、では会おう』

老齢ではあるが、腰も曲がっていない。若い頃は、ずいぶん美男でもあったそうである。いまだに鴨居へ髷が触りそうな背丈がある。骨ばって、痩せているのが、かえって老後の頑健を守っているとみえ、この年齢で、常に出入の町人の周旋で、若い娘を召抱え、よく取り替えるという評判である。

足利一族の裔である。室町将軍の血統が絶えたときは、吉良氏が世継ぎを出すことになっていたものだと云うことが、上野介のよく持ち出す自慢話であった。