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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
『申しつけてございます』
『次に、例によって、一酌はいう迄もないが』
『はい』
然しお陸は、良人の顔いろを見て、すこし憚るらしい容子があった。
その視線を奪って、良雪が、
『大夫、酒は不可んじゃろうか』
と云った。
内蔵助は、良雪の圧してくる眸へ刎ね返すような眸をちらと向けた。次にはむッつりと顔を横にし、この四五日のうちにすっかり色の褪せた糸垂れ桜へ向って、脣を結んでいるのだった。
『いかんじゃろうか。大夫の御喪服はもとより存じての上じゃが、大夫が飲らんじゃあ坊主のわしは、なお飲めんが』
内蔵助は、碁石へ手を入れて、
『もう一局』
『お……』
『お陸、その間に支度を。肴も、常のとおりでよい』
良雪は、パチと石を布き、
『承知か』
『承知』
何の意味もなげにいう。
日永の春である。榧の盤面に、白と黒が根気よく目を埋めて行った。いつか側に来ている膳部から芹のにおいがしきりとするのであったが、それはもう忘れ果てている。
『大夫、何う召さる』
『待たれい』
『待とうが、この期の肚は』
『待たれい』
『籠城か』
『さての』
『明けわたすか』
『滅多には』
『まず、御悠りとじゃな』
『その如く』