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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

もう家中の人々からも遠い記憶になっている旧同藩の人々で、今度の変事を聞いて訪れて来るのがこれで五人目であった。亡君の徳というものが、沁々と思い直されて来て、内蔵助はうれしかった。

『すっかり支度をして来たのでござります。妻にも子にも思い残すことのないように。――お役には立つまいと存じまするが、浪人こそいたせ、旧家の御恩は、夢寐にも忘れては居りませぬ。この体を、何とぞおつかい願いたいのでござる。参る途中にも、鷹取、帆立の国境の峠には、諸藩の兵が、もう二三千は固めておりました。御領内の馬匹や武具が、敵のほうへ持ち行かれるのをなぜ早速にお取締りにならぬのかと不審に思われるのでござった。何うあろうと、赤穂の者は籠城の一途に出るであろうとは、道路の風評でもあり、諸国一統の見定めでもござりまする。古鎧に錆槍一筋持って駈けつけ参りました、微衷をおくみとり下さって、籠城の一員にお加えねがいとうござる。烏滸ながら一死を以て、亡君の御恩にお応え申したいので……』

咄々と云うことばの底には、何か、人間の真を打つものがこもっている。内蔵助はこんな場合、どうも出来ない脆いものを持っていた。