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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
しかしすでに瓦解した物へ、さらに炎をかけ、血を注いで、それが何になろう。阿呆らしい、狂気沙汰と人が嗤おう。やめなされ、悪いことはいわん、いや、九郎兵衛一身を以ても、思い止まらせねばならぬと、今日は覚悟して登城したのじゃ』
嘘には叫べない声だった。彼にも彼だけの信念はあった。そして士道はそれと信じている。又、他の人々が籠城して討死した場合、自分が無事に生きていることは心苦しいとも思う。こう説くのは自己の為でもあった。今日ほど九郎兵衛の眼が血ばしって見えた事はなかった。
それに反して、籠城と一決している人々のほうは、殆ど、無言で聞き流していた。肚のうちで笑殺しているかのような沈黙の陣だった。
『うるさいっ』
突然、その中から起った声だった。この前の集合には見えなかった小野寺十内が、村松喜兵衛と並んでそこに在った。
ずかずか、老人は立って来て、
『大野氏』
と、前に坐る。
『なんじゃ』
九郎兵衛はふるえていた。眼に涙があった。自分だけで信じる正義観がふと彼を悲しませ怒らせた。
『お立ちなされ。臆病者は、ここにいても益のないことじゃ。残る者だけが残る――。それでよい』