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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

悲憤慷慨ということが抑嫌いなのだ。涙をすらうっかりは買わない内蔵助なのである。自分がそれに脆いために、こういう際はよけいに心構えの緻密になるのはぜひもなかった。相手が声高になったり、眼に充血を持ったりすればする程、彼は、自分の冷観を必要とする。心の底で、

(これが、冷めるのだ――)

と思ってみる。そして自身を、漠然とした自分の顔いろでつつんでしまうのだった。

『――御尤もじゃ』

やがて答えた。よく出る彼の口ぐせの一つである。

『だが――』

と、その後につけ加えて云う。

『――御両所、開城いたしたからというて、それで、何事も終るというわけのものでもあるまい。後のふくみもある。すでに公儀へも、戸田采女正様へも、お受けの由を申しあげてしまったものを、ぜひも無いじゃござらぬか』

尖った肩のあいだに、首を俯向けていた奥田孫太夫が、きっと、眼をあげて、

『今仰せられた――後のふくみとは?』

『さ』

煙管を持った。然し、煙草をつめるではなく、膝に遊ばせて、

『大学様の御安否のほども、是非是非、見届けたし……』

『それだけでござるか』

『ともあれ、おまかせ願われぬかの』

掴まえどころがない、怒り栄えがない。