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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

――それを見ている。

『ぶっ、武士かっ、おん身はっ』

高田郡兵衛の口を破って遂に出た声だった。肩をふるわしているのだ。脇の下に、ぴったりと大刀を摺りつけて、

『開城とは、何だっ。せめて、お国元には骨のある人間もあるかと来て見れば、上席家老たる貴公からして、平然と、よくも云われた口だ。隣国の兵に怯じ召されたか。それ程、生命が惜しいか。――な、なんだっ、この場合に、寺になど机を構えこんで書類いじり、それが、主家の滅亡を見ている武士の所作でござるかッ』

安兵衛も又、膝を詰めよせて、

『父弥兵衛が申し条にも、内蔵助こそ、この折は頼むべき人物とあったに、意外な言葉に、呆れたというより他はない。大学様お取立の嘆願も、所詮、望みはないと承わる。それ以上、何の憚る必要があって、おめおめと、城を明け渡されるのか。御所存な承知いたしたい。返事によっては、吾々三名、徒らに赤穂へ帰って来たものでないことを断っておきますぞ』

内蔵助の指に、紙子縒がぴんと縒れていた。甚だ好ましくない気ぶりを太く結んだ脣が無言に答えている。――こういう過激な感情家は、大野、玉虫などの輩より困る。――と彼は思っているのであろう。