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しんぺんちゅうしんぐら
新編忠臣蔵
吉川 英治
「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页
『お屋敷のためにならないような事を、喋べッたところで、何も徳のゆくわけじゃなし……』
『左様であろう。実は、当お屋敷も、今日かぎりお移りと相成るのじゃ。従って、泥鰌も、明日からは、御不用である』
『へ、……そんな急なんですか』
『他の商人共へは、黙っておれ』
『何で云うもんですか』
『序に、その泥鰌を、お池の鍋鶴へやってくれんか。われわれは、日暮れ前に、すっかりお台所の物をまとめて、船へ積まねばならんし、襷がけで、この恰好じゃ』
『お庭へ廻ってもようがすか』
『今日だけは、かまわぬ』
蒲焼屋は、泥鰌の桶を提げて、中門を入って行った。庭にも送るばかりになっている長持棹だの、梱だのが、莚の上に山と積んである。贅を凝した燈籠や庭木にも、藁塵がたかっていた。もう去りゆく家の寂しさが雑然と漂っているのである。
『――誰だッ』
池の縁から不意に鋭い声で、こう呶鳴って来た者がある。蒲焼屋は、ぎょっとして、桶を下へ置いた。
『毎日、鶴の餌を持って上がる、お出入の鰻屋の雇人でございますが』
『誰に断って入って来たかっ』
庭下駄を穿いて、鶯茶の袴に、上布の小袖を着ている貴公子然たる若侍だった。