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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

どこか病弱らしい細面な顔に、ぴりっと、眉をつりあげ、手に半弓と箭を握って、睨めつけているのだった。蒲焼屋の男が、とたんに、ぺたッと坐ってしまったのは、もしやこの人が、上野介の嫡男の左兵衛佐ではあるまいか、とすぐ感じたからであった。

『成らん!』

と、厳しい声で、その若者は、また云った。

『去れっ。――胡散な奴じゃ』

『へ、へい……。では、鶴の餌の泥鰌は、これへ置いて参ります』

『泥鰌? それも要らん、持って帰れ』

『左様でございますか』

怪訝な顔をして――つい、起ち惑っていると、左兵衛佐は、家の中へ向って、

『孫兵衛、孫兵衛っ。胡散な奴が、お庭へ入り込んでおる。早う、たたき出せい』

と、大声で呼び立てながら、自身は、持っている半弓に箭を番えて、此っ方へ向けた。

蒲焼屋は、跳び上って、中門の外へ転げて行った。

鶴を追う

『何事ですか』

『若殿』

家老の左右田孫兵衛が来る、近習の松原多仲や岩瀬舎人も駈けて来る。

左兵衛佐の顔をみると、蒼白いので、人々は驚いた。それに、半弓を番えているので、すぐハッとしたように庭の樹蔭を見まわした。

『もう、去んでしもうた。……もういい』