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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

象嵌の釘隠し一個が、何両につくとか、中門の如輪木目の一枚板は何十両だとか、小判で張り詰めたような馬鹿げた豪奢が、すべて皮肉な歯を剥いて人間を嘲笑っているように見える。

『――ここへは他人が住むのだ』

と思うと、左兵衛佐は堪らなくさびしい、腹立たしい。

(――わしが老後を娯んだ後で、おまえが又、一生住める邸だ。思いきって、金をかけて置こうよ)

父の上野介が、母へ気がねしては、口癖にこう云っていた邸である。その父の気持を考えると、左兵衛佐は、耐えられなくなる。貪慾以外に何もない冷血鬼のように、父を非難する世間が憤ろしくなって来る。

『――誰が、何といおうと、わしに取っては絶対な父だ。家庭にいても、毒口をたたくのはあの通りだが、腹の中は、案外さっぱりした江戸前の御性質なのだ。すべて、野暮ッたい人間を軽蔑するクセはあるが洗練された文化人ごのみの父としては仕方がない。その特性は、出入の茶道の師でも、植木屋でも、魚屋までが、より知っている所だ。我がつよい、慾がふかいと云っても、それは老人の共有性だ。殿中や、勅使の折に、偉ぶるとか、権柄ぶるとか云われたが、それも、父の経歴や、吉良家の格式からいえば、当然なことではないか。