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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

『恐れ入りますが、今朝ほど、奥田様もこちらへお立寄り下さいますそうですから、少々お待ちくださいませ』

『それにせよ、伜にはやく来ぬかと云え』

『あの……。ちょっと、唯今、いつもの日課をして居りますので』

『ああそうか。郡兵衛どの、では少し、御猶予下さい』

『日課とは、何をおやりですか』

『なにの、つまらん事を……』

何につけ、伜々で持ち切るこの老人は、そう苦笑しながらも、どこかに得意そうな色をうごかして、

『あいつめ、浪人以来、閑に体を持ち扱って、この夏は、法帖を出して、毎日夏書をして居るのでござるよ、手習いをな。はははは』

『ほ、習字を、日課にやって居られるのか』

『されば』

郡兵衛は、心のうちでいぶかった。やがて、秋の蝉より遅いか早いかに死ぬ身と覚悟している身に、何で、文字を習う必要があるのだろうかと。

『やあ、お先であったか』

そこへ、奥田老人が、軽い旅装で、これはしげしげ訪れる仲なので、庭木戸を押し開けて入って来た。

そして弥兵衛に、

『其許も、参られぬか』

と、すすめると、

『いや、わしは行かんでもよい』

弥兵衛は又、植木鋏を持って、ぱちぱちと、土用茂りの庭木を鋏んでいた。