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しんぺんちゅうしんぐら

新編忠臣蔵

吉川 英治

「日の出」1935(昭和10)年1月号~1937(昭和12)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 337,181 字 · 676 页

青空文庫

『――実は、ここへ来て、会わせる顔もないのだが、仮面を被ったような気持で、閾を跨いで来た。世の中に、義理ほど辛いものはないというが、俺は、進退谷まった。何をかくそう、いつぞや江ノ島で会ったあの内田勘解由から、すっかり見込まれて、兄や、叔父までも抱きこまれ、この俺に、聟になってくれというわけだ……』

『…………』

『勿論、俺は断った。断乎として、強情を張って来たのだ。然し、兄や叔父に、その理由を云えと迫られると、何と云い抜けようもない。わけて、兄は、内田家に恩義があり、俺に、相談する前に、弟に異論のあるはずはない。あったにせよ、兄が説服して――とまで、ひきうけてしまっているじゃないか。切腹ものだと泣きつかれるのだ……。それでも、拙者としては』

『暫く』

安兵衛は、眼を反らして止めた。

聞いているほうが彼以上に胸ぐるしい。血をもって結んだ友達の、こんなあらい呼吸から吐く声を、長く聞いていられる程、安兵衛は残忍になれなかった。

『わかったよ、高田』

『ま、聞いてくれ』

『いや!』

その拒みは厳しかった。

『それ以上、聞く要があるか。もういい。奥田老人にも、明日、伝えておく』